ほっぺたが落ちる、という慣用句がありますが、まさか本当に落っこちてそのほっぺたが旅に出てしまうなんて誰に想像できたでしょうか。
ドイツの女性作家、ビネッテ・シュレーダーが描く怠け者のアーチボルドは、毎日食べては寝てを繰り返すばかりの生活を送っています。そんな生活に退屈になったアーチボルドの右のほっぺたは、ある日彼の顔を抜け出して、コロコロ転がって旅に出てしまいます。ほっぺたがないことに気が付いたアーチボルドは慌ててほっぺたを追いかけます。気が付けばアーチボルド自身も色んな場所を旅しています。山へ、海へ、そして空の上までも!しかし、どこまで追いかけてもつかまえられないほっぺたに、とうとうアーチボルドは諦めて家へ帰ることにするのですが…。
意外にも、シュレーダーの本をきちんと紹介したことはなかったでしょうか。この、意表を突く展開から始まる絵本「アーチボルドのほっぺた」は、シュレーダーの作品の中ではあまり取り上げられないものかもしれません。日本でも沢山の作品が邦訳出版されていますが、人気のタイトルは例えば、デザイン性の高い、可愛らしい子ども向け絵本「ぞうさんレレブム」(岩波の子どもの本シリーズ)や、白黒の線画だけでミヒャエル・エンデの哲学的な部分に見事に響き合わせた「影の縫製機」、それから同じくエンデのお話に繊細で美しい色彩の世界を描いた「満月の夜の伝説」などでしょうか。
上記の内容だけでも十分にシュレーダーの多彩さは伺えるかと思います。そしてこの笑いを誘うお話や、ずんぐりむっくりしたアーチボルドの愛嬌ある姿に目を引かれがちなこの絵本は、今あげたすべての絵本の要素が詰まった素晴らしい作品ではないかと思うのです。
赤いまるいほっぺたが、すべてのページのどこかで転がっているので、まだ言葉のわからないちいさな子どもでも、赤いほっぺたを探して楽しむことができるでしょうし、交互に現れる白黒の線画の世界と鮮やかな色彩の世界は、ページをめくるごとにリズムを生み、絵本の中の世界に奥行きを与えます。線の中にぽつんと置かれた赤が胸に落とす強い印象は、ムナーリやイエラ・マリなどのデザイン画の効果を思い出しますし、カラーページでは緑も赤も青もこんなに美しい色なんだと、まるで初めて知るようにそんなことを思ってしまいます。
こちらはドイツ語版ですが、絵が十分に物語を作っておりますので、ドイツ語が読めなくても楽しんでいただけるかと思います。
シュレーダーの魅力が詰まったオススメの絵本です。
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「Archibald und sein kleines Rot」Binette Schroeder
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