「b is for bear」Dick Bruna

五味太郎さんがその著書「絵本をよんでみる(平凡社)」の冒頭で、ディック・ブルーナ「うさこちゃんとうみ」を取り上げ「シンプルであるがゆえに、とんでもない複雑さを獲得している」と書いています。

その複雑さは、ブルーナの絵、石井桃子さんの素晴らしい翻訳など、その絵本の様々な点から由来するものであり、五味さんはそれぞに細かく指摘してとても面白いですのですけれど、意図的にか、五味さんはブルーナが語られる時によく取り上げられるひとつの要素、タイポグラフィについては触れていませんでした。

ブルーナの本のタイポグラフィを含めた画面構成は素晴らしいものに溢れているのですが、このabcブック「b is for bear」は数あるabcブックの中でも最高峰のもの、そしてブルーナの絵本の中でも、絵本/デザインの観点から見たときには最高の1冊だと、個人的には感じています。

内容はいたってシンプルで、各ページ左にアルファベットが大きく一文字、右頁にはそのアルファベットを頭文字に持つ言葉の絵が描かれています。

ブルーナは他の、普通にお話がある絵本においても、しばしばこの「描かれていないものを読者に想起させる」という方法を使っていますが、この方法でさえ、この絵本では究極に切り詰められたものとして使われています。

左頁に大きくfの文字。右頁には魚の絵。それだけです。読者の頭の中には「fish」の言葉が自然と浮かびます。

この3点の要素、文字、絵、読者の頭の中に浮かぶ言葉、この3点だけで、この絵本は成り立ち、しかしながら凄まじい強度を保っているのです。驚きですね。

要素がほとんど削ぎ落とされたものだからこそ、それぞれのそれ自体の形に自然と目が向きます。

このアルファベット、使われているタイポグラフィは「baskerville」だと思います。(実は当店の「Frobergue」の表記もこのタイポグラフィを使用しています)

自分のお店で使っているくらいなので、個人的な好みも勿論あるかと思うのですが、ブルーナのこの表現にとても良くあったもので、素晴らしいと思いますね。ブルーナの絵がモダンなので、クラシックなセリフ体が良いバランスになっています。

当店のこの絵本の在庫商品は1967年のイギリス版初版(リトグラフ刷)なのですが、1966年のオランダ語版初版本は「Mercator」(こちらはサンセリフ体のもので、ブルーナの絵と「近い」感じがします)という違ったタイポグラフィを使用しているんですね。こうした違いも興味深く、面白いですね。またコレクター心もくすぐられてしまいます…。

ディック・ブルーナの英語の絵本は当店には幾つも在庫がございますので、ブルーナの絵本のタイポグラフィに注目して、是非見てみて下さい。


当店のディック・ブルーナの絵本の在庫はこちらです。

0コメント

  • 1000 / 1000