「Dir(1921年版)」Heinrich Vogeler

美しいなぁって思うものは、思わず触りたくなるのと同時に、触れるのに躊躇ってもしまいます。自分のものにしたいけれど、自分だけのものにはしていけないような。

著名な作家の絵画などは、個人のものになって一般の人の目に触れることがなくなってしまうと残念に思ってしまうのですが、そもそもその絵が個人のために描かれたものだとしたら、それがあるべき形と言えるのかもしれません。そういう時に複製芸術っていうのは、本当に大衆のためのものなのだなと、当たり前なのですが、嬉しく思います。

本物でなくても、印刷された小さな紙片を手に取り、ずっと眺めることができる。直筆でなくても、書かれた詩を何度も何度も読むことができる。そしてそれを丁寧に束ねて作られた「書物」こそ、私たちが触れて、捲って、抱きしめて、枕元に置いておくこともできる、小さくて大きな芸術そのものなのだと思うのです。

以前、ポケットサイズのインゼル文庫で紹介させていただいたフォーゲラーの詩画集「Dir」。

こんな本をどこにでも気軽に持ち歩けるなんていいな、と思っていたのですが、先日入荷したB5版ほどのサイズの「Dir」こちらは手に取るのに躊躇ってしまうほど美しいけれど、触って、捲って、自分だけのために飾って、心置きなく独り占めできる芸術作品、そう言えるような一冊です。

内容は画家自身による愛の詩、絵、装飾で作られたささやかな詩画集で、見たり読んだりする分には、インゼル文庫でも十分なように思います。ですが、部屋の片隅にそっと立てかけておきたくなるこの本は、アール・ヌーヴォーを感じさせるこの美しい表紙は、こんなサイズが嬉しい。

1921年の刷りで、インゼル文庫では彩色がされておりますがこちらはモノクロです。どちらもそれぞれに魅力がありますが、こちらはよりフォーゲラーの引いた線一本一本に注視できるでしょうか。

アーツ&クラフツ運動の中心人物ウィリアム・モリスは「家の中には、美しいと思うもの以外は置くべきでない」と提唱していましたが、そのモリスが最後に辿り着いた芸術は「書物」でした。そんな時代の意匠も感じられるこちらの本、お値段は張りますが、誰かの特別な一冊になったらいいなと思います。


当店のハインリッヒ・フォーゲラーの本はこちらです。

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