戦後の女流文学を代表する作家、芝木好子の晩年の短篇8篇を纏めた作品集が書肆汽水域より出版されました。
この本に収録されている作品はどれも人間の恋愛が、それぞれの物語の中で淡く、強く、輝きながら光を放っています。
遠い過去の恋が、現在をふと光で照らすその一瞬が切り取られているのです。
描かれる恋愛は、多くはその只中にあるのではなく、過去に心に強く結ばれた紐を、そも結び目が未だに解けないままでいるのか、それともそれは固く結ばれていたように見えていただけの、見せかけの結び目だったのかを、確かめているようです。
学生時代に憧れた少し年上の画家を、結婚した後に夫の出張で訪れたパリで、ひとり尋ねに行く女…。
青年の頃にあった空襲の最中、暗い防空壕で夜をともに過ごした隣家の奥方に43年ぶりに偶然に(?)尋ねる男…。
どの作品も、それぞれの登場人物の心の全ては語られず、読者はただ、
「この人は忘れたふりをしているけれど、ずっと覚えていたのではないか?」
「この子どもはもしかしたら、この二人の子どもなのではないか?」
「本当はあの夜に、二人には何かがあったのではないか?」などと、淡く思いを巡らしながら、語られぬ出来事の前でいつまでも立ち止まるのです。
思えば一人の人間の人生のいったいどれくらいが、言葉で明かされるのでしょうか?
はっきりと思いを口にしたことなんて、どのくらいあったでしょう。
思えば自分も、人と人との心のつながりを、足りない言葉を埋めることもせずに、沢山通り過ぎて行ってしまった気がします。
恋ともまだ呼べない、憧れや友情や好意を、触れた手や交わした眼差しを、答え合わせをしないままで、幾つも幾つも、置き去りにしてきた…。
この小説『新しい日々』を読む喜びは、そんな、人生の不完全さを肯定する喜びなのではないでしょうか。
それは言い換えれば、言葉では決して満たすことのできない人生の豊かさを、尊く思う、そうした喜びなのだと思います。
軽い言い方になってしまいますけれど、人生をある程度過ごした、大人のための恋愛小説集です。
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