先日オンラインストアにも更新したルース・クラウスとモーリス・センダックによる『THE BIRTHDAY PARTY』
今回入荷したのは1960年代の刷りですが、初版は1957年に刊行されました。
クラウスとセンダックの絵本は自分も大好きで、日本語にも翻訳されているものも多いですが、この絵本はまだされていないようですね。
まだ幼い男の子(4歳くらいでしょうか)、デイヴィッドの誕生日パーティのお話、というシンプルなお話なのですが、自分には、何というかルース・クラウスらしい子どもの心の動きや物事の捉え方が短く、鮮やかに描かれている(「子どもの論理」をそのまま作品に持ち込んでいる)ように感じました。
短いお話なのですが、流れを簡単に説明すると
この絵本は
A boy, David, had been EVERYWHERE.
という文から始まります。
そしてデイヴィッドが行ったことのある(経験したことのある)ことをhad been〜で幾つか描いていきます。
そしてその後に
But he had never been to a birthday party.
And he wanted to have been to a birthday party.
となっていて、そして何故か誰もいない家の中を探検して、うろうろとした後、ダイニングルームにたどり着くと、皆がサプライズで「birthday party」をしてくれる、と言うお話になっています。
一見シンプルなお話なのですが、自分はこの”he wanted to have been to a birthday party”という言い回しや、センダックの描く家族だけの『birthday party』の空気感から、自分は、この日がデイヴィッドの本当の誕生日ではなかったのではないか、と感じました。
ここからは自分の想像ですが、デイヴィッドは以前から、誕生日パーティやりたいな、ぼくやったことないよ、などととしばしば家族に言っていて(まだ幼いために以前の誕生日パーティのことをよく覚えていなかった)、デイヴィッドが次に迎える誕生日はまだ結構先なので、家族が、特別に、誕生日じゃない日に『誕生日パーティ』をしてくれたんじゃないかな?という風に感じたのですが、みなさんは如何でしょうか?
(誕生日パーティの話なのに、この絵本の中で年齢の話が一切出てこないのもそう思わせます)
このような余白を仄かに感じさせることによって、クラウスとセンダックは、この作品世界に優しく静かな奥行きを与えることに成功しているのではないでしょうか。
(センダックはしばしば、テキストに書かれていない部分を、どんな背景があったのかを暗に示すような、奥行きのある描き方をしますよね。それの最もたるものが『かいじゅうたちのいるところ』だと思いますが)
アメリカでも60年代以降は重版や復刻などがされておらず、あまり見かけない絵本なのですが、優しく、可愛らしい、隠れた名作絵本だと思います。
ぜひご覧くださいませ。
「THE BIRTHDAY PARTY」Ruth Krauss Maurice Sendak
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