「GOODNIGHT MOON」マーガレット・ワイズ・ブラウンとクレメント・ハードによるこの絵本は日本でも「おやすみなさいおつきさま」として多くの読者に愛されていますが、本国アメリカでは、歴代絵本売上のランキングに入るほどの、長く愛され続けている作品なんですね。
「お話」と言ったほどのものはなく、ある部屋の中で眠りにつく、ちいさなうさぎの、眠りにつくまでのお話です。
赤×緑の、なんと言いますか強い色彩の部屋の中には、色々なものが散らばっています。
ワイズブラウンはこの眠りにつくうさぎになって、それらをひとつひとつ眺め、そして、それぞれにおやすみなさい、と声を掛けていくのです。
And two little kittens
And a pair of mittens
こねこがにひき
てぶくろがひとそろい
And a little toyhouse
And a young mousse
にんぎょうのいえ
こねずみがいっぴき
英語の脚韻は口に心地良く、マザーグースを彷彿とさせますが(マザーグースをネタにした部分も出てきますね)、この絵本がただの言葉遊びの本ではなく、その言葉遊びがまるで祈りの言葉に変わっていくようにさえ感じられる、美しい絵本になっているのは、クレメント・ハードの絵、そしてこのハードの絵をも含んだ全体の構成によるでしょうか。
この絵本は前半と後半の二部に分かれており、またその前半と後半の中でも、カラーページ、白黒ページと交互に続いています。少し細かく見ていきます。
一番最初のページはカラーページです。
うさぎさんの部屋の半分が描かれ、そのベッドの中にはうさぎさんが横になっています。
文章は部屋の様子を簡潔に説明します。
ページをめくると次は白黒のページ。
そこでは視点が変わり、第三者から部屋を眺めた視点ではなく、うさぎさんの視点から見たような形で描かれています。
またページをめくると、カラーページに戻り、また第三者からの視点、先程は描かれていなかった、部屋のもう半分にあるものを説明します。
交互に続く、カラー/白黒の入れ替わりは、視点の切り替えと同一になっていて、これが言葉のリズムと響き合い、独特の心地の良いリズムを生み出しています。
後半になります。部屋の明かりは少し落ち、ベッドサイドテーブルのスタンドランプの明りが、部屋を照らしています。
また同じ展開が繰り返されますが、今度は部屋の中にあるそれぞれを説明するのではなく、そのひとつひとつに、おやすみなさい、と声を掛けていくのです。
部屋を見渡す第三者からの視点、そしてうさぎと思われる視点が交互に切り替わりながら、部屋のものすべてにおやすみなさい、と声を掛けていくこの展開に、読者は眠りにつくように自然に、この魔法の部屋の中の世界に入っていくのです。
うさぎの語りかける「おやすみなさい」は部屋の中のものたちだにけでは終わりません。
星や夜空、そしてもうひっそりとしたその明かりの消えた部屋の中、そしてその外から聞こえてくるかすかな音たちへも、おやすみなさい、と語りかけていくのです。
すると不思議です。
この作品が、この「部屋の中」でだけのお話、と思われていたその感覚がほぐされ、読者の感覚は窓の向こうへ、部屋から出て世界の方へとひろがっていくのが感じられるのです。眠りにつき夢を見ることで、自らの身体から解き放たれるかのように、無限に広がっていく感覚の中で、この絵本は終わりを告げます。
部屋の中のお話なのに、宇宙的な感触を感じさせる、明確な要素が実は一つあります。
お話の途中で月が、おやすみなさいと語りかけられる月が出てくるのですが、その窓の外の月が、星のほかは何も見えない夜空の中で、窓の下の方から昇ってくるのです。これはとても不思議に見えます。
まるでこの部屋が、超高層ビルの最上階の部屋であるか、もしくは(自分はこっちだと感じるのですが)この部屋自体が宇宙船であるかのように感じられるのです。
この部屋が宇宙を漂う部屋だと思うと、より一層この絵本を楽しむことが出来る気がするのは私だけでしょうか。
この部屋の静けさも、祈りに似た「おやすみなさい」と言う言葉もみな、この部屋が何処の部屋とも廊下とも、何処の入り口とも「繋がっていない」という(実際にこの窓の他には部屋から何処かへ繋がるものは何一つ描かれていません)その孤独さによって、その意味を変え、この絵本の中にずっと響いている、優しさを帯びた哀しさのようなものの由来となっている、そう考えられる気がするのです。
絵本の面白さ、深さを存分に味あわせてくれる、美しい絵本です。
当店のクレメント・ハードの絵本はこちらです。
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