スズキコージさんが新宿の小さなギャラリーでライブペインティングをされていたときに、絵から受ける印象よりもずっと静かに、黙々と紙に絵の具を乗せるその後ろ姿を、ただただ眺めていたのを覚えています。大きな紙の上に、沢山の色が重なり、混ざり合い、生き生きと空を飛び踊る生き物たちに、息が吹き込まれていくのを感じました。
描き上がった壁一面のその絵には、圧倒的な感動がありました。短い会期だったと思うのですが、私はどうしてもその絵を自分以外の人にも見てほしくて、知人を連れもう一度見に行きました。もっと、上手に言えたらいいのですが、スズキコージさんが素晴らしい画家であることを、生きたその絵を見た時に心から知れたように思います。あの絵を、もう一度見たいと、時々思い出すんです。
長くなりましたが、その時の印象もあり、スズキコージさんというと、私はまず最初に極彩色踊る幻想的な絵を思い出すのですが、同じ印象を持っている人も少なくないのではないでしょうか。しかし、たまにこんな作品を見せられると、意表を突かれ、そしてスズキコージさんの「静」の魅力に改めて気付かされます。今日紹介する「はずかしがりやのおつきさん」は、全編に渡って青一色。そして、詩のように語られるささやかなおはなし。
ストーリーがあるので、もちろん絵本全体に流れはあるのですが、ひとつひとつの絵が印象的で、ページをめくって次のページの絵を見たときに小さな断絶のようなものを感じるのです。それには、一ページ一ページ近くなったり遠ざかったり、後ろに回ったり戻ったりしながら効果的に移り変わる視点が関係しているのではないかと思います。写真をスライドして見ているような、あるいは紙芝居を見ているような、不思議な、そして心地よい断続性があるのです。
おはなしは、馬のロシナンテが月あかりでおばあさんに手紙を書いていたところ、馬車の中から女の子やネコたちに見つめらたお月さまが恥ずかしがって雲に隠れてしまい、手紙が書けなくなり困ったロシナンテが、女の子たちを寝かせ、お月さまに出てきてもらい、手紙を無事に書き上げる、というもの。
一見微笑ましいだけのおはなしなのですが、そこはやっぱりスズキコージさん。突然ロシナンテがギターを引き歌い出す、これまでの空気を一気に異質なものに変えてしまうようなシーンもあります。
青の濃淡だけで描かれた絵はもちろん、磨き上げられた文章にもスズキコージさんらしさを感じられる作品ですので、ぜひ読んで体感していただきたいです。
おはなしは、
あるばん、おつきさんが、しずかにおどりながら、のはらをあかるくてらしていました
の一文で始まります。
その言葉はそのまま、黙々と絵を描いていたあの日のスズキコージさんの後ろ姿に重なります。しずかに、おどるように!
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「はずかしがりやのおつきさん」スズキコージ
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