こどものために描いた絵と、こどものように描いた絵、は違います。しかし稀に一冊の本の中でその両方を実現している絵本作家さんもいて、例えば長新太さんなんかがそうじゃないかと思うのですが、本日紹介する「ねこのき」は、普段大人のための本に絵を描いているイラストレーター大橋歩さんが、はっきりとこどものために絵を描いた絵本です。
大橋歩さんと言えば、週刊「平凡パンチ」の表紙のイラストを創刊号から担当し、村上春樹さんの連載コラム「村上ラヂオ」の挿絵を描き、自身で手がけた季刊雑誌「Arne(アルネ)」を創刊するなど、その活躍はご存知の方も多いかと思います。
最近では、東京のちひろ美術館で行われた「村上春樹とイラストレーター」展で、佐々木マキさん、安西水丸さん、和田誠さんとともに取り上げられていたのも記憶に新しいですね。
大人向けの本にオイルパステルや版画で作品を寄せてきた大橋さんが、詩人・長田弘さんの書く絵本ならと、こども向けの絵に挑戦したのがこの本です。
長田さんの絵本はこちらでも紹介したことがありますが、この絵本は長田さんが書いた絵本の中でも特に子ども向けに書かれているかもしれません。というのも、
いっぴきのねこがいました。
おれんじいろのながいしっぽのねこでした。
はなのすきなおばあさんがいました。
と、とても短い文章で、すべてひらがなで書かれた本だからです。
そして、そんなむずかしい言葉のない、むずかしい言い回しも文脈もない、言ってしまえばとてもかんたんで単純な文章の中で、やはり詩人である長田さんの綺羅星のような言葉たちが、すとんすとんと、心の中に落ちてくるのです。ひとつひとつの文章が、ことばを丁寧に選び、束ねられた花束のようだと言っては、言い過ぎでしょうか。
おはなしは、ある日おばあさんのねこが朝になっても帰ってこず、翌朝家の前にちいさな女の子が死んだねこを抱いて立っていて、おばあさんはねこを庭にうめます。春が来て、庭に小さな芽が生えて、やがてそれは大きな木になります。その木にはオレンジ色の実がひとつなっていて…。最後は少しファンタジーを含んで終わります。
このお話の中には、登場人物の感情は一切書かれていません。
ただ、ねこが帰ってこない夜に、
おばあさんはよるのにわにでて そらのほしをかぞえました。
この文章からどれだけのおばあさんの気持ちを見つけられるでしょうか。こんなことを書くと、まるで小学校の文章題のように感じてしまうかもしれませんが、本当に、豊かなものがたりだと、思うのです。
そして、そこに四隅まで隙間なく色を敷き詰めた大橋さんの絵が、一ページ一ページことばと寄り添うように描かれています。あとがきで大橋さんは、このこども向けの絵にとても苦戦し、思うように描けなかったと述べています。確かに、この絵はこどものための、こどものような絵ではないように思います。大橋さんのイラストレーターとしてのしっかりとしたセンスやバランス感覚が邪魔をしているのかもしれません。けれど、明らかに他の作品にはないぬくもりのようなものがあり、そして大人である私たちにこんなにも響く絵本になっているのだと思うのです。この絵本は、こどもとおとなのための絵本です。
ぜひ、いろんな年代の方に読んでほしい本です。
ちなみにですが、私は写真にある、死んでしまったねこを抱いてきた女の子に、おばあさんがきれいな花をあげる場面がとても好きです。
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「ねこのき」長田弘 大橋歩
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