「Bocian」Milena Lukesova Jan Kudlacek

もう一日一日、日は長くなり、暖かな、春を感じる日も多くなってきました。

今年はどんな春になるのでしょうか。

こちらのヤン・クドゥラーチェクとミレナ・ルケショヴァーの絵本は、以前にはドイツ語版「Guten Tag, Fruhling」を紹介させていただきましたが、こちらの「Bocian」はポーランド語版のものですね。

以下、以前紹介したときと同じ記事ではありますが、美しい絵本ですので、もし良かったら読んでみてください。

日本語未翻訳のもので、チェコ語版は「Cap」(コウノトリ)と言うタイトルです。

始まりは雪だるまたちが、その雪だるまたちを作った男の子と女の子を待っている場面から始まります。

「二人は今日来るかな、」そんな風に雪だるまたちは噂をしているのですが、その日、子どもたちは現れませんでした。

翌日、その二人の子どもはその場所へやってきます。

けれど、雪だるまは見当たりません。雪だるまたちの帽子だけが、地面に落ちています。

子どもたちは「あれ、どこへ行っちゃたんだろう」なんて、話すのですけれど、もう雪だるまは溶けてしまっているのです。

すぐそばには、雪だるまがあったところに、スノーフレークとスノードロップが咲いています。

そして彼らは春がやってきていることに気が付くのです。

この絵本のこの始まり方、すごく好きです。

1ページで、もう消えてしまう雪だるまたちの会話で始まる、その寂しさ。

この絵本で中心に描かれている春の喜びの前に、冬というものがあったと、ちゃんと意識させてくれるこの描き方に、ドキドキしてしまいます。

実際クドゥラーチェクとミレナ・ルケショヴァーのこの絵本は季節絵本のシリーズとして描かれたもので、その前の季節(冬)の絵本もあるのですけれど(「ゆきのおうま」)、連作だからそう感じる、と言うのとはちょっと違うんですよね。

この一冊の独立した本が、こちらの世界へ開かれていると感じる、などと言うと大袈裟でしょうか。

ある物語が始まる前に、別の物語の名残を感じることは、言い換えるならば、すべての生命の前には、別の生命があったと言うことだと思うのです。

なんだかさらに大袈裟な言い方になってしまって恐縮ですけれど、一つの独立したものだとなんとなく思ってしまっていたものが、そうではなく、すべて続きの物語なのだ、と思えることは、自分にはとても愉快で、胸がすくような思いになるのです。

どんなに長い冬であっても、その次には、必ずやってくる春の、美しい絵本です。

ぜひオンラインストアの方でもご覧ください。


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