例えば一冊の本が、ある人を救えるとしたら、それはどんな本だろうか。
私は本に携わる仕事をしていますけれど、本が人を救えるなんて、そんな仰々しい、強い言葉を言う気は本当になくて、でもせめて、一人の人間を慰めてくれる、本が、そんなことは、あると思っています。
本屋なのだから、救えると、力強くそう言い切ってしまえば良いのに、と言われるかもしれないのですけれど、私は強い言葉にたぶんとても敏感で、強い言葉を軽々しく使うことは、それはとても危険なことだと思っています。
では本が、人を慰められるとしたら、と思うと、私はしばしばこの本のことを思い出します。
日本では夏葉社が「さよならのあとで」というタイトルで翻訳を出版し良く知られている「DEATH IS NOTHING AT ALL」という一篇の詩からなる、一冊の本です。
作者はイギリスのカトリック教会の司祭、Henry Scotte Holland。
日本版には高橋和枝さんが挿絵を描いていますが、この英語版に挿絵はPaul Sandersですね。
DEATH is nothing at all…
I have only slipped away into the next room…
(死は何でも無いことです。私はただ、次の部屋へと移って行っただけなんです)
こんな書き出しで始まる、1ページ1ページ、短い詩句に絵が添えられた、小さな本です。
CALL me by my old familiar name, speak to me in the easy way which you always used.
(私を親しかったあの名前で呼んで、いつもあなたがしたように話しかけて)
LET my name be ever the household word that it always was.
(私の名前が、かつてそうであったように、特別な意味を持たない言葉であるように)
LET it be spoken without effect, without the ghost of shadow on it.
(なんの努力もなく、その名前が悲哀の影を呼ぶことのないまま、口にされるように)
ところどころ、少しだけ引用させて頂きました。
(日本語は拙訳ですのでご容赦下さい)
詩的な余韻にあふれ、繊細で敏感な死にまつわる感情を優しく撫でてくれる美しい詩です。
分析的になってしまうと、この詩情が薄まってしまう気もするのですけれど、この詩自体は一人称の、死にゆく/死んでしまった人間が、あとに残されたものへ語りかけるような構成になっていて、だから、なんと言いますか、こういう言い方をすると難しくなってしまうかもしれないのですけれど、これはフィクションの言葉なのです。
死んだ人間が、残されたものへ語る言葉、という仮構を、とてもシンプルに使い、読者はその仮構/フィクションを通して、自分の中の死との関係を改めて構成しなおす事ができるようになるのです。
一人の人間を、慰めることの出来る本はきっと、こうしたフィクションの力を持った本だと思うのです。
当店に今回入荷したものは英語版ですが、夏葉社から出ている日本語版も美しい本ですので、機会があれば是非手にとって見て下さい。
当店のHenry Scotte Hollandの本はこちらです。
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