イブ・スパング・オルセンの「Das Wichtelmännchen beim Speckhöker」(日本語版のタイトルは「小人のすむところ」)はアンデルセンの童話にオルセンが絵を付けて絵本にしたものですが、あまり有名なお話ではないため、知らない人も多いかも知れません。
個人的にはアンデルセンのお話の中でも特に好きなのですが。
あるところに食料品屋と、その建物に住む学生と、食料品屋に居着いている小人がいました。
学生はいつも、そのお店でパンやチーズを買っていましたが、ある時にチーズを包んだ紙に印刷されていた字に目を留め、それが貴重な本の一葉だという事に気が付きました。それはそんな扱いをしてはいけないような古い本で、詩がたくさん書いてあったのです。
「チーズの代わりに、本をくれませんか」
学生は本を貰って、部屋へ持って帰りました。
小人はこの食料品店での生活が気に入っていました。ここの主人はクリスマスにはいつも、大きなバターの塊をおとしたオートミールをくれるのです。小人はそんな主人を尊敬さえしていたのです。
ある夜、小人は学生の住んでいる屋根裏部屋へ行きました。
部屋にはまだ明かりが点いています。鍵穴から覗くと、学生はあの本を読んでいる様子でした。
しかし、部屋の中は光り輝いています!
本の中から光が溢れ出し、それが木の幹になり、枝を学生の上に広げ、咲いた花は皆美しい娘の顔をしています。素晴らしい音楽も鳴り響き…。
小人は立ち尽くしてしまいます。
階下の食料品店に戻っても、その光景が忘れられません。
夜な夜な、小人は鍵穴を除きに、屋根裏部屋へ行くようになりました。そこにはいつも素晴らしい光景が広がっているのです。
ある晩、その町で大火事が起こります。
飛び起きた食料品店の主人や奥さんは自分の大事な物、金のイヤリングや証文を持って逃げ出します。
小人はというと、自分の大事なものに考えを巡らせ、一目散に屋根裏部屋へと走っていくのですが…。
どこかチェーホフ的な感じがありますが、もう少し教訓っぽいお話になっていますね。
このお話の絵本は、カーライの「アンデルセン童話全集」などでも見ることが出来ますが、このオルセンの絵本も、ほんとうに素晴らしいです。
オルセンはこの小人に注目し、彼を一番人間らしく、素朴なものとして描いています。
芸術の神秘と、現実的な問題のなかで揺れる心、それをこの小人に託して、読者にどう生きるべきなのか?ということを、問題提起しているのです。
芸術の前にいるときには、それが何より神聖で、尊いものに感じられる。しかし人は空腹に喘いでいる時にも、同じように出来るのだろうか。
答えは人それぞれでしょう。けれど考え続けることに、その間で揺れ続けることに、意味があるのだと思います。この小人のように。
オルセンの美しい絵(この絵本では特に光の表現が素晴らしいです。暗い部屋に本から溢れ出す光、火事の炎に照らされた屋根裏部屋…)とともに、子どもから大人まで、楽しんで頂きたい1冊です。
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