「父さんと釣りにいった日」シャロン・クリーチ クリス・ラシュカ

この絵本が素晴らしいのは、お話、絵、そして訳文が奇跡的なほどに調和し、それぞれの魅力を引き出し合っているように感じるからではないでしょうか。

「父さんと釣りにいった日」このタイトルの通り、ある一日を題材にした絵本です。

どんな思い出の中でも、特別に輝いているある一日、幼いころの幸福な一日を描いた絵本です。

ある土曜日にお父さんが、車のトランクに2本の釣り竿とミミズの缶と、サンドイッチを入れたバッグと、文字を入れた魔法瓶をしまって、こう言います。

「さあ、旅をしよう」

「だれも知らない所へ行こう。新鮮な空気を釣りに行こう!そよ風を釣りに行こう!」

父さんとぼくは出発した。

「あの街灯を見てごらん」と、父さんが言った。

「一列にならんで、かがやいている、たくさんの、ちっちゃな月みたいだ」

すると、それまでただの街灯にすぎなかった街灯が、たちまちのうちに、一列に並んだ、たくさんの、ちっちゃな月になった。

このお父さんは、まるで魔法使いのようです。

目に見える景色を、「ぼく」に向かって魔法の言葉で語り、それらをすべて物語の世界に変えてしまうのです!

ただの木々は兵隊に、小鳥たちは天使に姿を変えます。

そしてふたりは美しい川へ辿り着き、釣りを始めます。

父さんはぽつり、ぽつりと父さんの父さんの話を語り始めるのです…。

お話を書いているのはニュー・ベリー賞作家のシャロン・クリーチ。絵を描いているのはコールデコット賞作家のクリス・ラシュカです。

美しい思い出のように、現実の世界が宝石に変わっていく瞬間、そんな瞬間を本の中に閉じ込めたクリス・ラシュカの絵は素晴らしく、そして何より、この絵本の翻訳をしている長田弘さんの言葉が本当に素晴らしいです。

多くの絵本を訳している長田さんの訳業の中でも特に優れたものではないでしょうか。

小説のようでも、エッセイのようでも、そして詩のようでもあるこの絵本が長田さんの言葉と相性が良いこともあるかと思います。

絵、お話と言葉、その三者が互いに響き合う美しい旋律を奏でている、絵本でしかありえない、素晴らしい作品です。


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